大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成10年(ワ)2140号 判決

原告

古川保

ほか一名

被告

宇瀬治夫

ほか一名

主文

一  被告らは、原告古川保に対し、連帯して金一三七万五〇〇〇円及び内金一二二万五〇〇〇円に対する平成八年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告古川喜美子に対し、連帯して金一三七万五〇〇〇円及び内金一二二万五〇〇〇円に対する平成八年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告古川保に対し、各自金二四〇八万八五四六円及び内金二二〇八万八五四六円に対する平成八年一月二三から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告古川喜美子に対し、各自金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成八年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、古川太一(以下「太一」という。)が普通貨物自動車(以下「古川車両」という。)を運転中、追突事故を起こし、その事故現場付近に佇立していたところ、訴外吉村一男運転の普通貨物自動車が古川車両に衝突し、さらにその後、被告株式会社宇瀬塗装工業(以下「被告会社」という。)の被用者である被告宇瀬治夫(以下「被告宇瀬」という。)運転の普通乗用自動車が古川車両に衝突し、押し出された古川車両が太一に衝突し、太一が死亡した事故について、太一の両親である原告らが固有の損害を被ったとして、被告宇瀬に対しては、民法七〇九条、七一一条に基づき、損害賠償を請求し、被告会社に対しては、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成八年一月二三日午前〇時一五分頃

場所 大阪府堺市築港浜寺町府道高速湾岸線湾下一一・九キロポスト先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 普通貨物自動車(大阪一三く四一七)(以下「吉村車両」という。)

右運転者 訴外吉村一男

事故車両二 普通貨物自動車(和泉四一ね一二二四)(前記古川車両)

右運転者 太一

事故車両三 普通乗用自動車(なにわ五七る七二二五)(以下「宇瀬車両」という。)

右運転者 被告宇瀬

歩行者 太一

態様 太一が古川車両を運転中、追突事故を起こし、その事故現場付近に佇立していたところ、吉村車両が古川車両に衝突し、さらにその後、宇瀬車両が古川車両に衝突し、押し出された古川車両が太一に衝突した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告宇瀬

被告宇瀬は、停車中の古川車両に衝突したものであり、前方不注視の過失がある。

(二) 被告会社

被告会社は、被告宇瀬の使用者であり、本件事故は被告会社の事業の執行中に起きたものである。

3  太一の死亡(甲三、乙一二)

太一は、本件事故により、平成八年一月二三日、死亡した。

4  原告らの地位

原告らは、太一の両親である。

二  争点

1  本件事故の態様(過失相殺)

(原告らの主張)

本件事故は、被告の前方不注視という一方的過失によって惹起されたものである。太一が停車していたのは、本件事故の直前に接触事故に遭遇し、これを警察に連絡するためであり、しかも古川車両は走行不能の状態になっていたものである。被告宇瀬は、見通しの良い道路において、走行するスペースが大きく空いていたにもかかわらず、前方を注視することなく、漫然と高速度(制限速度時速八〇キロメートルであるところ、時速百数十キロメートル)で走行し、停車中の古川車両に突っ込んできたのである。また太一は古川車両の直近に立っていたのではない。

(被告らの主張)

太一は、本件事故の少し前に本件事故現場付近で追突事故を起こしたが、阪神道路公団に事故連絡とレッカーの手配をしたのみで、夜間、進行車線に直角に位置したまま停止表示板の掲示や発煙筒の措置を採ることもなく、後続車両に対する安全措置を全く行わなかったのである。そのため、吉村車両が古川車両に衝突し、古川車両は転回して進行車線の中央に逆向きに停止することになった。その上、太一は、古川車両のそばに佇立していた。被告宇瀬は、宇瀬車両を運転して先行車両に追走する状態で進行車線を走行し、本件事故現場付近にさしかかったところ、先行車両が突如進行車線から追越車線に車線変更を行った。そのため、一瞬先行車両の動きを眼で追いかけたが、すぐに正面に眼を向けたところ、古川車両に気づき、急ブレーキを踏んだが衝突してしまった。したがって、太一に対しては七〇パーセントの過失相殺が行われるべきである。

2  原告古川保(以下「原告保」という。)の損害額

(原告保の主張)

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

(二) 建物解体費用 四五九万二七〇〇円

原告保は、借地上建物を所有し、その事業の用に供しており、事業とともにこれを太一に承継させる予定であったところ、太一の死亡によりこれが果たせなくなり、近い将来この建物を解体して借地を返還しなければならなくなった。その解体費用として四五九万二七〇〇円を要する。

(三) 逸失利益 七四九万五八四六円

原告保(本件事故当時六四歳)は、その年齢からして請け負った工事を自ら作業に従事してこれをすることは不可能であり、太一の営んでいた古一建設に下請けさせることによって請負契約の債務を履行してた。太一の死亡により、原告保は、もはや工事を受注して収入を得ることはできなくなってしまった。本件事故当時における原告保の所得は年額一七一万七五三七円であり、原告保がその事業を太一に承継させるまでの期間を五年間として、原告保はその五年分の事業所得を失ったことになる。

(計算式)1,717,537×4.3643=7,495,846(一円未満切捨て)

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

なお、弁護士費用については、遅延損害金を請求しない。

(被告らの主張)

否認する。

太一は、原告らから独立して別途家庭を営んでおり、太一の妻子とは既に示談が成立している。

原告保の主張する逸失利益は、いわゆる企業損害である。原告保の営んでいた古川組と太一の営んでいた古一建設との間に経済的一体性は全く認められない。また、原告保の所得(売上から経費を控除したもの)は、太一死亡前後でほとんど変化がないし、むしろ、太一の妻子のために古川組の仕事の一部を譲ったのであって、収入が減ったとしても右の事情によるものである。

3  原告古川喜美子(以下「原告喜美子」という。)の損害額

(原告喜美子の主張)

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

(二) 弁護士費用 一〇〇万円

なお、弁護士費用については、遅延損害金を請求しない。

(被告らの主張)

否認する。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二、三、乙二ないし四四)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府堺市築港浜寺町府道高速湾岸線湾下一一・九キロポスト先路上である。本件事故現場を通る道路(以下「本件道路」という。)は、南北に走る片側二車線(各車線の幅員はいずれも約三・六メートル)の平坦なアスファルト舗装の道路であり、本件事故現場付近はほぼ直線であり、前方の見通しはよい。最高速度は時速八〇キロメートルに規制されていた。本件事故当時は、深夜であったが、照明灯のため、比較的明るい状態であった。

太一は、平成八年一月二三日午前〇時〇九分頃、古川車両を運転し、本件道路の南行車線を走行し、本件事故現場付近にさしかかったところ、追突事故を起こし、路側帯と第一通行帯にまたがって横向きに停止して自走不能状態となった。次いで、同日午前〇時一五分頃、訴外吉村一男は、時速約八〇キロメートルで本件道路の南行車線の第一通行帯を走行中、本件事故現場手前五キロメートル程度の所に設置されている電光掲示板により「この先事故注意」という内容が表示されているのを目撃したものの、事故現場はもっと先であろうと考え、そのまま進行したところ、横向きに停止していた古川車両を前方約二二・六メートルの位置に認め、急ブレーキをかけたが及ばず、古川車両に衝突した。この衝撃で古川車両は逆向き(進行方向と逆の方向)に向きを変えて停止した。その直後、被告宇瀬は、宇瀬車両を運転し、時速九八キロメートル程度で本件道路の南行車線の第一通行帯を走行して本件事故現場付近にさしかかったところ、先行車両が指示器も出さずに第一通行帯から第二通行帯に車線変更したのを見て、どうしたのかと思い、これを目で追い、再び前方に視線を戻すと、古川車両を前方約一九・六メートルに発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、宇瀬車両を古川車両に衝突させ、その衝撃により、古川車両の後方に佇立していた太一を古川車両で跳ね飛ばし、太一を路上に転倒させ、脳挫傷等の傷害を負わせ、同日午前六時二九分死亡するに至らせた。本件事故当時、停止表示板の掲示や発煙筒の措置は講じられていなかった。

本件事故当時、太一は、両親である原告らから独立し、妻古川順子、長女古川裕子、次女古川美緒とともに親子四人家族で大阪府阪南市尾崎町の府営住宅で暮らしていた。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故によって原告らに固有の損害が生じたとすると、これは、被告宇瀬の前方不注視及び速度違反の過失によって生じたものと認められる。

しかしながら、他面において、高速道路において路上に停車している車両を早期に発見して適切な回避措置を講ずることには困難な面があるところ、太一自身も本件事故前に追突事故を起こし、これが本件事故の発端となったこと、本件事故当時は夜間で後続車両による追突事故が起きる危険性が予期しうる状況であったことにかんがみると、本件においては、被告宇瀬の過失と太一の過失とを対比した上、原告らと太一とは民法七一一条所定の関係にあることにかんがみ、太一の過失をいわゆる被害者側の過失として考慮し、三割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(原告保の損害額)

1  損害額(過失相殺前)

(一) 慰謝料 一七五万円

太一と原告保との身分関係、本件事故当時における太一及び原告保の家族状況等にかんがみると、原告保固有の慰謝料は一七五万円とするのが相当である。

(二) 建物解体費用 認められない。

原告保は、借地上建物を所有し、その事業の用に供しており、事業とともにこれを太一に承継させる予定であったところ、太一の死亡によりこれが果たせなくなり、近い将来この建物を解体して借地を返還しなければならなくなったと主張するが、もともと本件事故がなくともその時期如何はともかくとしていずれは解体することが必要であると予想されるし(弁論の全趣旨)、右建物が承継されるかどうか自体についても何ともいえないから(原告保本人)、原告保主張の右費用を本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

(三) 逸失利益 認められない。

原告保主張の逸失利益は、太一が死亡したことによって原告保に生ずる逸失利益を求めるものである。この種の損害については、原告と直接の被害者との間に経済的一体性がある場合にのみ、原告が固有の逸失損益を請求することができると解するのが相当である。

本件においては、〈1〉太一が古一建設を営むようになってからは、古川組と古一建設とはそれぞれ個別に注文を取るようになっていたこと、〈2〉古川組に注文された仕事については、できる限り古川組に属する二人の職人に行ってもらっっていたが、必要に応じ、太一にも手伝ってもらっていたこと、〈3〉原告保が取ってきた仕事については全て古川組の収益になるし、太一が取ってた仕事については全て古一建設の収益になる関係にあったことに照らすと(原告保本人)、原告保と太一とが経済的に一体をなす関係にあると認めるには足らず、原告保に本件事故と相当因果関係のある逸失利益が生じたものということはできない。

2  損害額(過失相殺後)

右1に掲げた損害額の合計は一七五万円であるところ、前記の次第で三割の過失相殺を行うと一二二万五〇〇〇円となる。

3  弁護士費用 一五万円

本件事故の態様、本件訴訟にいたる経過、本件訴訟の審理経過、認容額等の諸事情を考慮すると、被告らに負担させるべき弁護士費用は原告保につき一五万円をもって相当と認める。

4  損害額(弁護士費用加算後)

過失相殺後の損害額に弁護士費用を加算すると、一三七万五〇〇〇円となる。

三  争点3について(原告喜美子の損害額)

1  損害額(慰謝料)(過失相殺前)

太一と原告喜美子との身分関係、本件事故当時における太一及び原告喜美子の家族状況等にかんがみると、原告喜美子固有の慰謝料は一七五万円とするのが相当である。

2  損害額(過失相殺後)

右1に掲げた損害額一七五万円に対し、前記の次第で三割の過失相殺を行うと一二二万五〇〇〇円となる。

3  弁護士費用 一五万円

本件事故の態様、本件訴訟にいたる経過、本件訴訟の審理経過、認容額等の諸事情を考慮すると、被告らに負担させるべき弁護士費用は原告喜美子につき一五万円をもって相当と認める。

4  損害額(弁護士費用加算後)

過失相殺後の損害額に弁護士費用を加算すると、一三七万五〇〇〇円となる。

四  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例